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2011年11月25日、群馬県水上町湯檜曽の東京証券業湯檜曽保養所に東京オールド(会長:JA1DWI 旧JMHC東京) 8名のミーティングが開かれ、これに[JMHC東京大井町]5名、[JMHC神奈川]3名、[JMHC群馬]4名の計20名が参集し交流を深めました。懇親会では『山田さん(81)は一貫して会長を務めてくださって50年』と事務局のJA1AT横瀬さんから披露され、参席の皆さんから労いの大きな拍手が贈られました。

JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳
JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳
PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。
PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。

モービルハムの先駆者たちが創刊した「JMHC会報No.1~5」(1961年9月16日)が[東京オールド・ホームページ]でご覧になれます。 No.1の[巻頭言]に JA1YF 石川源光氏、JA1OS 柴田俊生氏が[モービルハムクラブの現状]を、[ヘイロウ、アンテナの実験] をJA1DWI山田豊雄氏がそれぞれ執筆しておられる。 B5判、24ページ、タイプ印字、詳細な図面を挿入した他に類例をみない出来栄えです。

JA1AT 横瀬 薫氏 99歳
JA1AT 横瀬 薫氏 99歳

車載機のアンケートを実施してRT-70、自作、RT-68、RT-66改造、BC-1000、PRC-6を紹介するなど、興味深いコンテンツです。1970年頃には会員が開発したトランジスタ式FMトランシーバー・キットが頒布されるなど、モービルハム普及に大きな貢献し、燎原の火のごとくJMHCを冠したクラブが全国に広がり始めたのもこのころでした。

後列左よりJF1GUQ、JA9WZU、JF1FNU、JA1AOR、 JA1NUC、JA1ABE、JR1UVS、JL1QXR、JA1AOU、JA1AT、 前列左から、JA1FUY、JA1INX、JA1AEW、JA1JL、JA1DPF、 JA1MJQ、JA1DWI、JK1NZM、JA9FAL、JF1AMF
後列左よりJF1GUQ、JA9WZU、JF1FNU、JA1AOR、 JA1NUC、JA1ABE、JR1UVS、JL1QXR、JA1AOU、JA1AT、 前列左から、JA1FUY、JA1INX、JA1AEW、JA1JL、JA1DPF、 JA1MJQ、JA1DWI、JK1NZM、JA9FAL、JF1AMF

モービルハム草創期1953-1063も併せてご覧ください。(2026/05/22)

 

JA1UT林義雄さんは1929年東京の品川区に生まれ、1949年東京工業大学(現・東京科学大学)電気工学科に入学するが、半年ほど休学して横浜山手(外国人居留地)の米軍将校住宅に語学留学を狙いハウスボーイとして住み込む大胆な行動にでる。ある時、1955年制作のフランス映画「空と海の間に」を観て鳥肌を立つほど感動したという。1954年3月アマチュア無線技士の免許を取得していたので即座に免許申請してJA1UTを開局、アマチュア無線の世界に踏み入れた。


1957年、松下電器に入社、1964年松下通信工業(株)自動車機器事業部海外課長になり世界中を飛び回った。東南アジア・中近東・南米・欧州・中国で車の音響部品を作る工場の建設企画に携わると共に、現地の人たちと協力して工場経営を行った。


1986年に松下電器を定年退職した後は、アマチュア無線家として活躍した。1988年、JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)の理事に就任し、80歳になるまで20年間関東地方本部長として活躍されたのは広く知られている。中でも月刊「モービルハム」にて「JA1UTの海外運用入門」を連載する傍ら自ら海外運用を実践し、ラオスやミャンマー・パキスタン・などでアマチュア無線の門戸を開いた。

日本人アマチュア無線家によるパレスチナ自治区からのSSTV史上初運用のQSLカード。デザインされたアラファト議長の画像は、運用に参加したJA0CGJ、清水 孝氏がガザ地区から 送信したCQ画像を日本側(JA1FUY)で受信したもの。議長はこのデザインを大変気に入られ、 カードに自らサインしてくれた。署名入りのQSLは、世界に1枚しかない貴重なもの!
日本人アマチュア無線家によるパレスチナ自治区からのSSTV史上初運用のQSLカード。デザインされたアラファト議長の画像は、運用に参加したJA0CGJ、清水 孝氏がガザ地区から 送信したCQ画像を日本側(JA1FUY)で受信したもの。議長はこのデザインを大変気に入られ、 カードに自らサインしてくれた。署名入りのQSLは、世界に1枚しかない貴重なもの!

日本パレスチナ医療協会(JPMA)のアマチュア無線家たちの協力に対し感謝の意を表してくれたアラファト大統領。 大統領を挟んで林義雄夫妻、 左端 田沼健氏 (JA8CDG)。
日本パレスチナ医療協会(JPMA)のアマチュア無線家たちの協力に対し感謝の意を表してくれたアラファト大統領。 大統領を挟んで林義雄夫妻、 左端 田沼健氏 (JA8CDG)。

69歳の時に特定非営利法人「国際アマチュア無線ボランティアズ」IARVを立ち上げ理事長に就任、中近東・東南アジア・アフリカ諸国などの通信インフラの脆弱な地域の人たちのために仲間と共に緊急連絡用無線連絡網の建設を支援した。しかし、携帯電話網が世界各地に張り巡らせるにつれてIARVは役目を終え、2019年5月に解散した。96歳

JA1UT 林義雄氏(1980年頃モービルハム誌のインタビューに応じた時に撮影)
JA1UT 林義雄氏(1980年頃モービルハム誌のインタビューに応じた時に撮影)

(2026/04/06)

 

ARRL VECのボランティアエグザミナー、通称VEの資格を取得したのが2007年3月31日、ARRL東京VECにてVE修業を始めることとなり43回もの試験(ドイツ・フリードリヒスハーフェン2回、台北2回、立川市2回を含む)に参加する貴重な体験をしたことになります。ARRLのWebサイトARRL VECのコーナーにてNV1Jを入力するとVEの回数43と確認できるので間違いありません。これは年間2.15回に過ぎませんから自慢できる数字ではありません。東京VECのVEは50~以上のベテランがたくさんおられます


VE証を2度更新して20年が経過しましたがVE務めに体力的な限界を感じて3度目の更新をあきらめるつもりでした。ここに来てにわかに更新の意欲が沸いてきたから不思議です。「実際にやるかやらないかは別にして更新だけはしておこう」と、ARRL VECに2月8日メールを出してみました。更新のやり方は忘れていますので、とりあえずVE証をスキャンしてメールに添付、更新を願い出てみました。


2月11日、ARRL VECマネージャーのマリア・ソマさんAB1FBから「本日、ARRL VE認定を更新し、数週間以内に更新ステッカーを発送いたします。」との丁重な連絡をいただきました。そして2月19日、赤色で「Volunteer Examiner Renewal Enclosed」印字の航空便が届きました。願い出てからわずか12日後に認定ラベルが届いたことになります。所持しているIDバッジに03/31/2036のラベルを貼付して更新完了です。(2027/02/19)

ARRL VECから届いたVE認定ラベルが同封の航空便
ARRL VECから届いたVE認定ラベルが同封の航空便
ARRL VECのワッペンとLeafのミニカー
ARRL VECのワッペンとLeafのミニカー

 
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