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第47回JASTA 主催SSTVアクティビティコンテストが8月1日から31日までの一か月間、熱い戦いが繰り広げられています。第1回大会は1978年6月1日から2か月にわたり開催されました。その後、コンテストは2017年の第40回まで続き、2018年と2019年が休止となりましたが、2020年8月にJA2HYD山越さん(事務局代理-当時)により第20回SSTVアクティビティコンテストが復活し現在に至ります。


そのSSTVコンテストに山梨県南都留郡山中湖村のシャックから約100km離れた埼玉県所沢市のシャックよりSSTVのリモート運用を試みました。7MHz~1200MHz帯のSSB/FM/SSTV/RTTYの運用歴があるもののここ10年くらいはSSTVの運用がありません。このほど友人のお勧めもありリモートによるSSTVの送受信に挑戦することになりました。そのためにSSTVのアプリMMSSTVをインストールしたノートパソコンが1台、IC-7600をリモートするRS-BA1をインストールしたノートパソコン1台を用意しました。少し厄介なのは音量ミキサーやサウンドの設定に少し戸惑いがあったことです。


リモートによる初の交信画像をお目にかけます。

14.330MHz でJA5PJ 大沢さんと交信した時の画像になります。JASTAのSSTVコンテストは顔写真(イラストも可)の挿入が必要条件なので画像にはお顔が入っているのが特徴です。こちらから595001を送り、JA5PJから595372をいただいた画像となりました。以下に受信した画像をいくつか紹介しておきます。(2026/08/13)

2台のノートPCを駆使したリモートの様子。左がMMSSTV操作用、右がRS-BA1のリモート用です。写真手前左からマウス、マイク、マウス、リモートエンコーダーRC-28が並び、右側ノートPC 上にマイクとSSTV出力の切り替えスイッチが載っています。
2台のノートPCを駆使したリモートの様子。左がMMSSTV操作用、右がRS-BA1のリモート用です。写真手前左からマウス、マイク、マウス、リモートエンコーダーRC-28が並び、右側ノートPC 上にマイクとSSTV出力の切り替えスイッチが載っています。
リモートコントロールRS-BA1を搭載のノートPC上に載っているのが3.5mmステレオオーディオスイッチャー。双方向オーディオセレクタで1入力2出力の手動3,5mmイヤホン切替器。 右奥、USB to 3,5mmマイク・ヘッドホン分配ケーブル
リモートコントロールRS-BA1を搭載のノートPC上に載っているのが3.5mmステレオオーディオスイッチャー。双方向オーディオセレクタで1入力2出力の手動3,5mmイヤホン切替器。 右奥、USB to 3,5mmマイク・ヘッドホン分配ケーブル
顔のイラストを画面いっぱいに配置したJA3OEN牧野さんの画像
顔のイラストを画面いっぱいに配置したJA3OEN牧野さんの画像
JR東海 高山本線の列車を背景にしたJA2KGQ 佐藤さんのCQ画像
JR東海 高山本線の列車を背景にしたJA2KGQ 佐藤さんのCQ画像
JA2HYD山越さんに595326を送っているJL1FOZの画像。左下に山越さんの送信画像。
JA2HYD山越さんに595326を送っているJL1FOZの画像。左下に山越さんの送信画像。
JA2HYD山越さんがJA4JBQ綱嶋さんに送信した画像。山越さんはJASTA事務局ご担当です。
JA2HYD山越さんがJA4JBQ綱嶋さんに送信した画像。山越さんはJASTA事務局ご担当です。
JP3NRE木村さんのCQ SSTV画像
JP3NRE木村さんのCQ SSTV画像


 

2011年11月25日、群馬県水上町湯檜曽の東京証券業湯檜曽保養所に東京オールド(会長:JA1DWI 旧JMHC東京) 8名のミーティングが開かれ、これに[JMHC東京大井町]5名、[JMHC神奈川]3名、[JMHC群馬]4名の計20名が参集し交流を深めました。懇親会では『山田さん(81)は一貫して会長を務めてくださって50年』と事務局のJA1AT横瀬さんから披露され、参席の皆さんから労いの大きな拍手が贈られました。

JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳
JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳
PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。
PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。

モービルハムの先駆者たちが創刊した「JMHC会報No.1~5」(1961年9月16日)が[東京オールド・ホームページ]でご覧になれます。 No.1の[巻頭言]に JA1YF 石川源光氏、JA1OS 柴田俊生氏が[モービルハムクラブの現状]を、[ヘイロウ、アンテナの実験] をJA1DWI山田豊雄氏がそれぞれ執筆しておられる。 B5判、24ページ、タイプ印字、詳細な図面を挿入した他に類例をみない出来栄えです。

JA1AT 横瀬 薫氏 99歳
JA1AT 横瀬 薫氏 99歳

車載機のアンケートを実施してRT-70、自作、RT-68、RT-66改造、BC-1000、PRC-6を紹介するなど、興味深いコンテンツです。1970年頃には会員が開発したトランジスタ式FMトランシーバー・キットが頒布されるなど、モービルハム普及に大きな貢献し、燎原の火のごとくJMHCを冠したクラブが全国に広がり始めたのもこのころでした。

後列左よりJF1GUQ、JA9WZU、JF1FNU、JA1AOR、 JA1NUC、JA1ABE、JR1UVS、JL1QXR、JA1AOU、JA1AT、 前列左から、JA1FUY、JA1INX、JA1AEW、JA1JL、JA1DPF、 JA1MJQ、JA1DWI、JK1NZM、JA9FAL、JF1AMF
後列左よりJF1GUQ、JA9WZU、JF1FNU、JA1AOR、 JA1NUC、JA1ABE、JR1UVS、JL1QXR、JA1AOU、JA1AT、 前列左から、JA1FUY、JA1INX、JA1AEW、JA1JL、JA1DPF、 JA1MJQ、JA1DWI、JK1NZM、JA9FAL、JF1AMF

モービルハム草創期1953-1063も併せてご覧ください。(2026/05/22)

 

JA1UT林義雄さんは1929年東京の品川区に生まれ、1949年東京工業大学(現・東京科学大学)電気工学科に入学するが、半年ほど休学して横浜山手(外国人居留地)の米軍将校住宅に語学留学を狙いハウスボーイとして住み込む大胆な行動にでる。ある時、1955年制作のフランス映画「空と海の間に」を観て鳥肌を立つほど感動したという。1954年3月アマチュア無線技士の免許を取得していたので即座に免許申請してJA1UTを開局、アマチュア無線の世界に踏み入れた。


1957年、松下電器に入社、1964年松下通信工業(株)自動車機器事業部海外課長になり世界中を飛び回った。東南アジア・中近東・南米・欧州・中国で車の音響部品を作る工場の建設企画に携わると共に、現地の人たちと協力して工場経営を行った。


1986年に松下電器を定年退職した後は、アマチュア無線家として活躍した。1988年、JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)の理事に就任し、80歳になるまで20年間関東地方本部長として活躍されたのは広く知られている。中でも月刊「モービルハム」にて「JA1UTの海外運用入門」を連載する傍ら自ら海外運用を実践し、ラオスやミャンマー・パキスタン・などでアマチュア無線の門戸を開いた。

日本人アマチュア無線家によるパレスチナ自治区からのSSTV史上初運用のQSLカード。デザインされたアラファト議長の画像は、運用に参加したJA0CGJ、清水 孝氏がガザ地区から 送信したCQ画像を日本側(JA1FUY)で受信したもの。議長はこのデザインを大変気に入られ、 カードに自らサインしてくれた。署名入りのQSLは、世界に1枚しかない貴重なもの!
日本人アマチュア無線家によるパレスチナ自治区からのSSTV史上初運用のQSLカード。デザインされたアラファト議長の画像は、運用に参加したJA0CGJ、清水 孝氏がガザ地区から 送信したCQ画像を日本側(JA1FUY)で受信したもの。議長はこのデザインを大変気に入られ、 カードに自らサインしてくれた。署名入りのQSLは、世界に1枚しかない貴重なもの!

日本パレスチナ医療協会(JPMA)のアマチュア無線家たちの協力に対し感謝の意を表してくれたアラファト大統領。 大統領を挟んで林義雄夫妻、 左端 田沼健氏 (JA8CDG)。
日本パレスチナ医療協会(JPMA)のアマチュア無線家たちの協力に対し感謝の意を表してくれたアラファト大統領。 大統領を挟んで林義雄夫妻、 左端 田沼健氏 (JA8CDG)。

69歳の時に特定非営利法人「国際アマチュア無線ボランティアズ」IARVを立ち上げ理事長に就任、中近東・東南アジア・アフリカ諸国などの通信インフラの脆弱な地域の人たちのために仲間と共に緊急連絡用無線連絡網の建設を支援した。しかし、携帯電話網が世界各地に張り巡らせるにつれてIARVは役目を終え、2019年5月に解散した。2026年7月現在97歳、 DXCCは全カントリーをコンファームして意気軒高でいらっしゃる。

JA1UT 林義雄氏(1980年頃モービルハム誌のインタビューに応じた時に撮影)
JA1UT 林義雄氏(1980年頃モービルハム誌のインタビューに応じた時に撮影)

(2026/04/06)

 
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