top of page

1963年クラブ報から JA1DOU 村上昭さん

1960年にJA1FUY開局、東京・中野区のホリゾンタルクラブへ入会し、クラブ活動に奔走した時期があります。最近、書庫を整理していましたら一部茶色に変色したBulletin of HORIZONTAL CLUB No.1(1961年 5月)~No.19(1964年9月)の19冊が出てきました。思い返すと当時の事務担当の岡田さん(JA1CVF)が保管していたものを後にJA1FUYが引き継いだ経緯あります。


B6判8頁から32頁、ガリ版刷りのクラブ報を有志により取材・編集・印刷・製本が行われていました。ミーティングやシャックの写真を印画紙に焼いて貼り付けたのが特徴といえるかもしれません。今回は17号(1963年9月)の「マイシャック」に写真が鮮明なJA1DOU村上昭さんの記事から概略を紹介しましょう。


最初のモービル局は50MHz AM 出力1W、送信機12AT7-6AQ5、変調器12AX7-6AQ5、受信機3球コンバーター+ナショナルCRV-1の組み合わせでした。電源が6V-12V両用、車より発生する雑音とQSBに悩まされながら8~10km範囲のQSOを楽しんでいます。元は固定局の機器だけに容積は大きく、重量も重く後部座席は占領されて乗車できず、また電力も多く消費し、いつもバッテリーを気にしながらQSOしておりました。その後、ナショナルFM-60-10Cというタクシー無線機が入り、それ以後FMモードのみで運用しています。チャンネルは51.00MHzだけです。


FM-60-10Cの消費電力は12V入力、受信時60W(5A)、送信時72W(6A)ですから小さい車でも運用できます。しかし夜間走行時の消費電力は240Wくらいになり発電機やバッテリーの点検が必要になります。因みに車の発電機は12V、170W、バッテリー12V、24Ah(20時間率)なので、多くの制限を受けていますが、一度始める止められなくなります。中野、新宿地区周辺にマツダクーペ草色で出没していますので見かけたらブレークしてください。


箱根仙石原へ移動したときに撮影。中央がマツダクーペ草色とJA1DOU、リアバンパーに1.5mステンレスホイップ。背後がJA1JWC北沢さん、右側のYLお二人は後にハムになりました。


(JA1FUY/NV1J) 2023/05/28




閲覧数:13回

最新記事

すべて表示
bottom of page