top of page
検索

02/14/2025 ARRL NEWS

2025年2月12日、ウクライナのキエフにあるRigExpertの管理事務所がロシアの弾道ミサイルによって破壊されました。すべての従業員は無事であると報告されています。


RigExpertは、アンテナおよびケーブルアナライザーの大手メーカーであり、関係者は、できるだけ早く運用を回復することを約束していると述べました。


「私たちの最優先事項は、チームの安全と事業の継続性です」と最高経営責任者(CEO)のアショット・アンディーブは述べています。「管理事務所が廃墟と化す中でも、生産施設は生き残り、お客様やパートナーにサービスを提供し続けることができました。」


同社は、遅延を最小限に抑え、カスタマーサポート業務を維持しながらコミットメントを果たすために取り組んでいます。


RigExpert.com ウェブサイトより
RigExpert.com ウェブサイトより

Rig Expertについて Rig Expert Ukraine Ltdは2004年にウクライナの首都キエフで創設されました。同社はUSB接続デジモード・インターフェースRigExpert SDを世界で最初にお客様に提供しました。現在はUSBデジモード・インターフェースおよびハム・業務用途のアンテナアナライザーのリーダー的会社になっています。RigExpert はウクライナとアメリカでは登録商標です。当社の使命はハム・業務用途における通信・検査・計測機器を提供することです。 同社は多くの機種(RigExpert AA-35 ZOOM…AA-1400)のポータブル・アンテナ・アナライザー製造・販売をしており、周波数範囲は100kHzから1.4GHzまでをカバーしています。また、 2.4 GHz ISMバンド用には(RigExpert IT-24、日本では需要が殆ど無く取扱ってません) を用意しています。


USB 接続のデジモード・インターフェースとして、 RigExpert TI-8およびTI-5000があり、電話・CW・デジモードに利用できます。PCとはWiFi接続のRigExpert WTI-1(日本の電波法上未承認品につき取扱ってません)を使うとネット経由のリモート運用が可能になります。


RibExpert社の従業員14名中の12名
RibExpert社の従業員14名中の12名

(JA1FUY/NV1J) 2025/02/22

 

お定まりのラジオ少年からスタートして、気が付いてみたらもう半世紀近くもCQ、CQと叫んできた計算になります。今のようにハイテクの無線機がなかった時代にはアルミの板を曲げてケースを作り、それに部品を取り付けるといった、」すべて自作の送信機、受信機、そして銅線を伸ばしたアンテナだけでしたが、それでも知らない土地までトイレの電球をともすくらいの小さな電力で自分の電波が届くことに最高の喜びを感じたものです。

(以上は電通・社友報 今月の多士多才 アマチュア無線技士よりハムライフ半世紀から冒頭の一部抜粋)


松本さんの履歴は多彩を極める。昭和13年(1938)3月5日生まれ、東京都出身、昭和30年〈1955〉JA1AYC開局、昭和34年〈1959〉通訳案内業試験に合格、昭和36年(1961)早稲田大学政経学部卒業、昭和36年(1961)株式会社電通入社。平成9年(1997)インターアドマーク(在ジャカルタ)出向 総支配人。一方、JARL評議員、支部長、理事、常任理事を歴任したほか、BQ9P、プラタス島DXぺディション(2001年3月 6日~15日)に参加、その後KH0/JA1AYCを運用するなど精力的に活動しました。


↑中央JA1AYC松本正雄氏 JARL常任理事 右 W5JBP Jim Hanyie氏 ARRL第13代会長
↑中央JA1AYC松本正雄氏 JARL常任理事 右 W5JBP Jim Hanyie氏 ARRL第13代会長

松本正雄さん(2003年6月27日 SK)は、2004年12月3日、読売新聞東京本社の大会議室で開かれた第 78 回よみうりアワード表彰式で「世界一万局よみうり アワード」を受賞されました。(代理出席 JA1FUY、同伴・JJ1HKS) 


よみうりアワード事務局から夫人宛にメッセージが寄せられました。 JA1AYC 受賞 世界一万局よみうりアワード「証」 世界第60号 『JA1AYC松本正雄殿におかれましては、 表彰式を待たずに、ご逝去されたこと、改めてお悔やみ申し上げるとともに、ご存命中に開催に至らなかったことにつきまして、まことに残念であり、申し訳なく思います。ご都合が許せば、ぜひご出席いただきたく、ここにご案内申し上げる次第です。』


↑在りし日のJA1AYCのシャック。CW・RTTYの装置が充実していました。
↑在りし日のJA1AYCのシャック。CW・RTTYの装置が充実していました。

松本さんはCWの名手としても知られ、友人とおしゃべりしながら指は間断なく動き続け、交信を次々とこなして周りの人を驚かせる一幕も。V/UHFでのラグチューも好み毎日一交信をノルマとし。モービル運用もこよなく愛する好奇心の旺盛な方であり多才なアマチュア無線家でありましたが、急な病の発症により夭折しました。

↑1997年頃9V1XO、JA1FUY、JF1GUQとアイボールQSO(世界遺産のシンガポール植物園)
↑1997年頃9V1XO、JA1FUY、JF1GUQとアイボールQSO(世界遺産のシンガポール植物園)
↑KH0/JA1AYCのQSLカード
↑KH0/JA1AYCのQSLカード

松本さんの著作は「アマチュア無線マニュアル」電波新聞社刊、「QSOテクニック 常識のウソ、ホント」」「リグ談義 常識のウソ、ホント」電波実験社刊、月刊モービルハムに「Discover Ham Life」を終刊まで連載しました。なお、同名のWebサイト記事JA1AYCの「Discover Ham Life」を併せてご覧ください。


(JA1FUY/NV1J)2025/02/10


 

1983年12月30日、台湾台北市を観光で立ち寄った時の事、台湾で唯一のアマチュア局BV2A & BV2Bクラブ局に突撃取材を試みました。事前に所在や電話番号を調べておいたものの会える確約がないままホテルに入り、同行の中国語通訳に連絡を取ってもらうと訪問を快諾してくださいました。タクシーで夜道を急ぎBV2Aへと向かいました。


↑BV2A BV2Bを運用するTim Chen氏 1983年12月30日訪問時に撮影

突然の訪問にも関わらずにこやかな笑みをたたえて出迎えてくださったBV2A BV2BのTim Chen ティム・チェンさん。JA1FUYと同行のスタッフをシャックへ招き入れてくださいました。台湾唯一のクラブ局に興味津々、写真撮影の許可をいただきシャック全景、ティムさんを主役に免許状の果てまでシャッターを切りました。


1991年9月8日~12日、中国北京で開催のIARU(International Amateur Radio Union)Reg.3国際アマチュア無線連合第3地域総会の会場でティム・チェンさんに会うこととなりました。後年、中国福建省福州市のBY5RAの記念行事に参加のティム・チェンさんに再会する機会もあり、折に触れ親しい交流が続きました。

↑1983年12月30日 BV2A Tim Chen氏とアイボールQSO
↑1983年12月30日 BV2A Tim Chen氏とアイボールQSO
↑1983年12月30日訪問時BV2A, BV2Bのシャック
↑1983年12月30日訪問時BV2A, BV2Bのシャック
↑1991年9月8日、北京で開催のIARU Reg.3会議でアイボールQSO
↑1991年9月8日、北京で開催のIARU Reg.3会議でアイボールQSO
↑BV2A ティム・チェン氏(2006年2月22日SK)とJA1AN 原 昌三氏(2018年6月9日SK)
↑BV2A ティム・チェン氏(2006年2月22日SK)とJA1AN 原 昌三氏(2018年6月9日SK)

(JA1FUY/NV1J) 2025/01/28

 
bottom of page