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JA1FUY/NV1J

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プロフィール

登録日: 2021年10月1日

記事 (96)

2026年5月21日1
忘れえぬ人々(16)モービルハムの先駆者JA1DWI山田 豊雄氏とJA1AT横瀬 薫氏
2011年11月25日、群馬県水上町湯檜曽の東京証券業湯檜曽保養所に東京オールド(会長:JA1DWI 旧JMHC東京) 8名のミーティングが開かれ、これに[JMHC東京大井町]5名、[JMHC神奈川]3名、[JMHC群馬]4名の計20名が参集し交流を深めました。懇親会では『山田さん(81)は一貫して会長を務めてくださって50年』と事務局のJA1AT横瀬さんから披露され、参席の皆さんから労いの大きな拍手が贈られました。 JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳 PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。 モービルハムの先駆者たちが創刊した「JMHC会報No.1~5」(1961年9月16日)が[東京オールド・ホームページ]でご覧になれます。 No.1の[巻頭言]に JA1YF 石川源光氏、JA1OS 柴田俊生氏が[モービルハムクラブの現状]を、[ヘイロウ、アンテナの実験] をJA1DWI山田豊雄氏がそれぞれ執筆しておられる。 B5判、24ページ、タイプ印字、詳細な図面を挿入した他に類例をみない出来栄えです。 ...

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2026年4月6日2
忘れえぬ人々(15)海外運用に情熱を傾けた JA1UT 林 義雄氏
JA1UT林義雄さんは1929年東京の品川区に生まれ、1949年東京工業大学(現・東京科学大学)電気工学科に入学するが、半年ほど休学して横浜山手(外国人居留地)の米軍将校住宅に語学留学を狙いハウスボーイとして住み込む大胆な行動にでる。ある時、1955年制作のフランス映画「空と海の間に」を観て鳥肌を立つほど感動したという。1954年3月アマチュア無線技士の免許を取得していたので即座に免許申請してJA1UTを開局、アマチュア無線の世界に踏み入れた。 1957年、松下電器に入社、1964年松下通信工業(株)自動車機器事業部海外課長になり世界中を飛び回った。東南アジア・中近東・南米・欧州・中国で車の音響部品を作る工場の建設企画に携わると共に、現地の人たちと協力して工場経営を行った。 1986年に松下電器を定年退職した後は、アマチュア無線家として活躍した。1988年、JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)の理事に就任し、80歳になるまで20年間関東地方本部長として活躍されたのは広く知られている。中でも月刊「モービルハム」にて「JA1UTの海外運用入門」を連載する傍ら自ら海外運用を実...

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2026年2月19日2
Volunteer Examiner更新しました。
ARRL VECのボランティアエグザミナー、通称VEの資格を取得したのが2007年3月31日、ARRL東京VECにてVE修業を始めることとなり43回もの試験(ドイツ・フリードリヒスハーフェン2回、台北2回、立川市2回を含む)に参加する貴重な体験をしたことになります。ARRLのWebサイトARRL VECのコーナーにてNV1Jを入力するとVEの回数43と確認できるので間違いありません。これは年間2.15回に過ぎませんから自慢できる数字ではありません。東京VECのVEは50~以上のベテランがたくさんおられます VE証を2度更新して20年が経過しましたがVE務めに体力的な限界を感じて3度目の更新をあきらめるつもりでした。ここに来てにわかに更新の意欲が沸いてきたから不思議です。「実際にやるかやらないかは別にして更新だけはしておこう」と、ARRL VECに2月8日メールを出してみました。更新のやり方は忘れていますので、とりあえずVE証をスキャンしてメールに添付、更新を願い出てみました。 2月11日、ARRL VECマネージャーのマリア・ソマさんAB1FBから「本日、ARRL...

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