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JA1FUY/NV1J

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登録日: 2021年10月1日

記事 (97)

2026年8月13日2
JASTA SSTVコンテストにリモートで参加しました
第47回JASTA 主催SSTVアクティビティコンテストが8月1日から31日までの一か月間、熱い戦いが繰り広げられています。第1回大会は1978年6月1日から2か月にわたり開催されました。その後、コンテストは2017年の第40回まで続き、2018年と2019年が休止となりましたが、2020年8月にJA2HYD山越さん(事務局代理-当時)により第20回SSTVアクティビティコンテストが復活し現在に至ります。 そのSSTVコンテストに山梨県南都留郡山中湖村のシャックから約100km離れた埼玉県所沢市のシャックよりSSTVのリモート運用を試みました。7MHz~1200MHz帯のSSB/FM/SSTV/RTTYの運用歴があるもののここ10年くらいはSSTVの運用がありません。このほど友人のお勧めもありリモートによるSSTVの送受信に挑戦することになりました。そのためにSSTVのアプリMMSSTVをインストールしたノートパソコンが1台、IC-7600をリモートするRS-BA1をインストールしたノートパソコン1台を用意しました。少し厄介なのは音量ミキサーやサウンドの設定に少し戸惑いがあった...

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2026年5月21日1
忘れえぬ人々(16)モービルハムの先駆者JA1DWI山田 豊雄氏とJA1AT横瀬 薫氏
2011年11月25日、群馬県水上町湯檜曽の東京証券業湯檜曽保養所に東京オールド(会長:JA1DWI 旧JMHC東京) 8名のミーティングが開かれ、これに[JMHC東京大井町]5名、[JMHC神奈川]3名、[JMHC群馬]4名の計20名が参集し交流を深めました。懇親会では『山田さん(81)は一貫して会長を務めてくださって50年』と事務局のJA1AT横瀬さんから披露され、参席の皆さんから労いの大きな拍手が贈られました。 JA1DWI 山田豊雄氏(2015年6月5日(SK) 85歳 PRC‐6で交信中のJA1DWI/山田豊雄さん(1960年頃)(SK)。 モービルハムの先駆者たちが創刊した「JMHC会報No.1~5」(1961年9月16日)が[東京オールド・ホームページ]でご覧になれます。 No.1の[巻頭言]に JA1YF 石川源光氏、JA1OS 柴田俊生氏が[モービルハムクラブの現状]を、[ヘイロウ、アンテナの実験] をJA1DWI山田豊雄氏がそれぞれ執筆しておられる。 B5判、24ページ、タイプ印字、詳細な図面を挿入した他に類例をみない出来栄えです。 ...

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2026年4月6日2
忘れえぬ人々(15)海外運用に情熱を傾けた JA1UT 林 義雄氏
JA1UT林義雄さんは1929年東京の品川区に生まれ、1949年東京工業大学(現・東京科学大学)電気工学科に入学するが、半年ほど休学して横浜山手(外国人居留地)の米軍将校住宅に語学留学を狙いハウスボーイとして住み込む大胆な行動にでる。ある時、1955年制作のフランス映画「空と海の間に」を観て鳥肌を立つほど感動したという。1954年3月アマチュア無線技士の免許を取得していたので即座に免許申請してJA1UTを開局、アマチュア無線の世界に踏み入れた。 1957年、松下電器に入社、1964年松下通信工業(株)自動車機器事業部海外課長になり世界中を飛び回った。東南アジア・中近東・南米・欧州・中国で車の音響部品を作る工場の建設企画に携わると共に、現地の人たちと協力して工場経営を行った。 1986年に松下電器を定年退職した後は、アマチュア無線家として活躍した。1988年、JARL(社団法人日本アマチュア無線連盟)の理事に就任し、80歳になるまで20年間関東地方本部長として活躍されたのは広く知られている。中でも月刊「モービルハム」にて「JA1UTの海外運用入門」を連載する傍ら自ら海外運用を実...

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