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JA1KP 鈴木 稔さん SK

更新日:4月12日



八重洲無線の創業者社長・長谷川佐幸さん(JA1MP)と鈴木専務のコンビで名機FT-101シリーズ等を世に送り出し、アマチュア無線界に熱狂的な歓迎を受けたのはあまりにも有名な話で、同社の発展の礎となりました。


1980年代、通私は時にモービル専用機のHFバンドSSBトランシーバーのFT-75Bを車載した車から、同じくHFモービル運用の JA1KP 鈴木さんと幾度か交信する機会がありました。無線機の動作確認でもしていたのでしょうか、RS交換のほかにたいした内容のある会話をした記憶がありません。その後、長谷川社長(JA1MP)が亡くなり、子息への替わりとともに鈴木さんは同社を去り、しばらくしてALINCOへ移られました。


晩年はIARV(代表JA1UT)の活動に参加して監査役を務められました。2022年3月、鈴木さんの子息から2021年夏ごろ療養中の病院で亡くなったと林義雄さん(JA1UT)が話してくださいました。


ネットで鈴木稔さんを検索してみましたが、的確な情報が上がっていないため、MH時代に八重洲無線本社にて鈴木専務にインタービューした時の写真をお目にかけ、昔の華やかな頃を思い出してみました。ご冥福を祈ります。

(JA1FUY/NV1J)2022/04/11



↑1980年代、八重洲無線・専務(当時)の鈴木氏(JA1KP)


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